続エンデの遺言を途中まで見て、考えたこと。

あちこちにいろんな地域通貨があるんだなと。それらが独立していて、思想的な背景も異なる。

地域通貨をはじめるとすると、そもそもどういう思想で地域通貨を運営するのか?というのも大事だし、基本的なことなんだなと思った。

自分としては、地域のひとり暮らしの高齢者が部屋の電球を取り換えられないとか、部屋の掃除ができないから誰か手伝ってほしいとか、重いゴミをゴミステーションまで持って行ってほしいとか、夕飯を作るのが大変だから誰か一緒に夕飯を作って、食べてくれないかなとか?

そういう日常的な困りごとを気軽に頼めるような地域通貨がいいなと思う。

だから、ありがとうを記録して、交換する。「地域通貨ありがとう」みたいなものがいいなとか思った。

そういう意味での<ありがとう銀行>みたいなイメージがいいなと個人的には、思っている。

細かなありがとうを記帳して、それがたまったら誰かのサービスと交換できるみたいな、そういうのがいいんじゃないかな?

エンデの遺言では、貧困の問題や就労の様々な問題の根底には、通貨が持つ機能の矛盾があると指摘している。

この辺をもう少しよく考えてみたい。

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